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ぽかり

Author:ぽかり
…最近、やりたいことが、
まるで雲間から日がさすように、ぼんやりと、
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 私は、某企業のサラリーマンであり、

 鬱、自律神経失調症の克服経験がアリ、

 心理認定カウンセラーでもあり、

 母親の介護もしています。

 悩みのHPでの回答とメルマガ発行は9年
 継続中です。
 
 ☆「私のこれまでの行動にウソはなくてよ」

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DATE: CATEGORY:体験レポート

  先日、「永遠のゼロ」見てきました。

ゼロ13dec24


 前評判では、号泣必然…と聞いていたので
自称「不感症」でも泣けるかなと
思っていたのですが


  …残念ながら、泣くまでは至りませんでした。


 きれいすぎる…


 宇宙戦艦ヤマトをきっかけに、戦艦大和に
興味を持ち、戦争映画や記録等の戦争の情報に
触れてきた自分にとっては、


 …物足りない…何か、違う。


 …自分の期待とは違う映画だと感じました。


 その理由を考える上で、宮﨑駿氏 監督の「風立ちぬ」
では、何故、泣けたのか…。
 
その事を考えていました。

風立ちぬ13dec24



 「風立ちぬ」で泣けた理由は、


 主人公である堀越二郎氏と
里美菜穂子氏の間の”思いやる気持ち”を

実感…体感できたからかなと思っています。


 そして、主題歌の「ひこうき雲」の悲しい中、
それを振り切ろうと闘っているような
せつないメロデイと歌詞が
二人の思いと重なったから…

…なのかも知れません。

 自然と涙が流れました。


 
 「永遠の0(ゼロ)」では、「感情移入」が
未完了のまま、終わってしまったという
事もあったのかも知れません。


 実際、「???」という部分が
消化しきれる前に物語が進んで
しまった感もありますし、


 感情移入より先に、自分の”課題”を
考えることを優先せざるを得なかった
のかも知れません。


 私の”課題”とは、先日見た、
園 子温監督の 「希望の国」で、感じた、

「貴方にとっての戦争は何ですか」を
考える事でした。


 「希望の国」では、放射線から
生まれてくる子供を守るための
行動(内外被曝を避ける為の防御服着用等)に、

周囲の人々や当初は夫にも理解を得られず、
一人で闘っているお母さんの姿や


 認知症の妻によくないとされる、
環境変化を避けるために、家を出ないと

決めた決意に対し、退避を促す役場との戦い、

そして、おそらく家族同然であったと思われる
家畜を処分せよとする行政との戦い、

その結果分かった無力な自分との戦い

…が強く印象に残っています。



 …心の中の戦争を描いた作品

 という印象を強く感じました。


 …「永遠の0」も、戦争を舞台に
した、複数の人の「心の中の戦争」を
描いた作品なのかと感じました。


 (宮﨑駿監督が憤慨したと言われる、
 ”零戦”を神格化すようなタイトルながらも、

 零戦を主体にした話でも無く、零戦はあくまで
 「道具」として扱われていたように感じました。

 そういう意味では、話の内容に適した
 タイトルなのか、というと???です。)


 主人公の宮部久蔵氏は当初は家族のもとに
帰るという意思と、それが許されない世論との
戦いを

 そしてと戦局が悪化し特攻という犠牲の上で
生かされているという現実の中で、

その自分を自分で許せるかどうかという戦いを


 宮部氏の妻の松乃さんは、二人の間の子供を
混乱の日本の貧困な中、一人で守り育て上げる
という戦いを


 宮部氏の孫に当たる健太郎は、司法浪人を
脱出できない自分との戦いや、

戦争に関する思いに関しての認識の違う
友人たちとの戦いを


 生き残った、元零戦搭乗者の景浦氏は、
宮部氏への劣等感との戦いと、

後に、ようやく宮部氏を認め、宮部氏を
護衛するという自分の決意が果たせないまま
帰ってきてしまった自分との戦いと

 同じく生き残り、松乃さんと再婚した
大石氏は、宮部氏への恩返し(責務)と、
松乃さんへの恋心との間の戦いと、

 松乃さんが死ぬまで、宮部氏について
語らずしも、忘れることは出来なかった、
そしてそれを後世に伝える事を
封印し続けるという、自分との戦いを…。


 そんな複数の人々の心のなかの戦いを描いた
作品なのかなと感じました。


 
 戦争映画への期待の違い?

 …それだけでは無いのかも知れません。

 やはり「実感」しやすかったかどうか…

 想像が及ぶ範囲だったのか、どうかの差だった
のかも知れないな、と感じています。


 先の「希望の国」の放射線から子供を守ると
いう戦いは、東日本大震災後に母を福島から
愛知に連れてくる時から
放射線に関する偏見や差別のような事を
感じたり、

 原発近くに住む親戚が家や仕事を手放し、
全国に避難していた悲惨さを知っていたし、


 国が信用出来ない⇒放射線は脅威⇒
⇒子供を守ると、妻が情報を集めたり、
地域のネットワークに加わったり、

学校給食の素材への嘆願をしたり、
放射線から避難するために、引っ越しや
海外移住を真剣に検討したりと、


 今思えば、戦い…敵がいる中で子供を守る
という目的を果たす為に、必死に戦っていた


…という経験が、つい最近まで…未だ
続いています。


「気にしすぎですよ」という行政の声、

「そんなに気にするとかえって免疫が落ちる」と
いう情報、

「ちょっと考え過ぎ」という他の父兄との
温度差…。


 何よりも「おおげさ」「大丈夫なのではないか」
とも思ったり、迷ったりする、自分との戦い…。


 「今は何と闘っているんだろう」

 …その課題を考えつつ、


 そんな放射線関係の体感がある事が
「体感しやすさ」につながっている

 のかと思いました。


 
 「風立ちぬの話は実感しやすかったのか」というと

 …しやすかった、できたということは事実のように
感じます。

 ただ、それは予備知識とか経験があったから…
というよりは、

 「風立ちぬ」の中での堀越氏や里美氏の
言葉だけではなく


その言葉だけではない振る舞い…行動による
メッセージを”自然”に受け入れることが出来た
事が大きかったのかも知れません。 

 

 感動した部分のテーマだけを並べれば

 ・大切な人を守る
 
 ・自分を犠牲にしてでも守る


 は、「風立ちぬ」も「永遠の0」にも
共通してあると思うのですが

(永遠の0では、複数の物語に分散されて
いますが)


 違うのがあったとすれば、心との
”共振点”の違いとか、
その為の情報の差、私のセンサーの能力差
なのかなとも思います。



 かつてみた、「二百三高地」「連合艦隊」
「大日本帝国」「海ゆかば」等の戦記映画で
見た「もう見たくないと思える悲惨さ」…。


 逝く人の決意、残される人の決意が
あまりに悲しく、それでいて分かりやすかった、
共感しやすかったのが、


 …「永遠のゼロ」ではあまり描かれなかった事が

”きれいすぎて”心が乱れなかった…



 というだけなのかも知れません。


 そういう意味では「永遠のゼロ」は、
現代風なのか「言葉」での説明が多い
ようにも感じました。


 「感じさせる」より「知らせる」を
優先させている
ような…。

 
 あとは、見る人の想像力の問題なのかも
知れません…。



 かつて心を震わせられた映画が”非言語”
によって感動を与えてくれた事を

改めて気づかせてくれた事に感謝しつつ、


 私の今の課題…「知る」ことよりも
「体感し行動する」事の大事さ

改めて認識することができた気がしました。



 「永遠のゼロ」の中で

 「(必死に守り残した)未来の日本はどんな
日本になっているのだろう」

という問いかけがありました。

 改めて

 「未来の日本はどんな国であったら
いいなと思うのか」

 「その為に、今、自分ができることは何か」

 を考えてみたいと思います。


 <紹介した作品>

二百三高地 [DVD]




連合艦隊(劇場公開版)【期間限定プライス版】 [DVD]




大日本帝国 [DVD]




海ゆかば [DVD] DNN-992





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拍手ありがとうございました。

 こんばんは。

 記事への拍手を頂き、ありがとうございました!

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